「漢字」と「百済」

国際証券 Seoul支店長 中村貞行氏

 先日、「ある結婚情報会社の調査によると『子供にハングルの名前をつけたい』との回答が半数近くに達した」との記事を読んだ。

 ハングル名をつけたい理由として、『かわいい・覚えやすい』などが挙げられていたが、私は新しく親になる世代が“漢字に馴染みが無い”ことが大きな理由の1つではないかと思う。何故ならば、最近では自分の名前を漢字で書けない若者が居るくらい、韓国の若い世代における“漢字離れ”は進行しているからだ。

 さて、今日から『百済文化祭』が公州(クォンジュ)市で開催される。ここでは、5000人以上が参加する大行列など当時を偲ぶ多彩なプログラムが繰り広げられる。

 ご存知のように、新羅や日本にも多大な影響を及ぼした百済(ペクチェ)は、紀元前18年に漢江下流で建国され西暦660年に新羅・唐の連合軍によって滅ぼされるまで、忠清道・全羅道・江原道・慶尚道一円を678年間にわたり支配した古代王国だ。22代文周(ムンジュ)王が京畿道広州から公州に遷都し26代聖(ソン)王が扶余に遷都するまでの64年間に国家としての隆盛を極めた。特に、中興の祖でもある25代・武寧(ムニョン)王が王権確立・民生安定・国力増強に力を尽くしたため、息子の26代・聖王の時代になって学問・芸術・宗教などの各方面において華麗荘巌な『百済文化』が花開いた。漢字を始めとして儒教・仏教などといった数多くの文化が日本へと伝えられたのもこの古代王国・百済を通じてだった。

 今、中国だけでなく韓国からも漢字が消えるのは寂しい気がする。

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