皇室の“祖先” 

 昨年末、天皇陛下は8世紀後半の桓武天皇の母が百済系であると発言した。

 韓国では、『広開土大王碑』を根拠として396年に中国にいた呉族が朝鮮半島で作った国沸流百済の応神が日本に渡り15代・応神天皇になったという説、『日本書紀』にある「639年百済川周辺に宮廷を作り百済大賓とし641年百済宮で死去、賓所を百済大賓とした」との記述から7世紀中盤の舒明天皇が百済系とする説、また漆器を根拠にして「日本の倭国は4世紀後半から百済の侯国であり、天皇はこれら侯国の内の1人だった」とする説など、天皇の祖先は朝鮮半島から渡来したとの説が韓国歴史研究家の間では従来より活発に論議されてきた。

 一昨年、『日本の天皇は韓国人だ』を著した洪潤基・韓国外大教授は「日本の古代皇室系図の『新撰姓氏録』を含めた主要文献、また百済・新羅の神を祀った皇室祭祀慣習から見ても、日本の皇室は韓国人に間違いない」と主張している。

 先日、朝鮮日報は『作られた古代』を出版した李成市・早大教授が「これらの論議は近代韓国の民族意識を古代に投影している。解放後、韓国人による韓日関係史の研究は日本民族に対する韓民族の優越性を古代史の中から見つけ出す事にのみ視点が置かれてきた」との主張を紹介し、「“日本コンプレックス”に対する1つの直撃弾であるかも知れない」とのコメントを掲載していた。

 でも天皇陛下は論議の活発化を期待したのではなく、W杯を共催する両国は「古代から、それ程までに縁が深い」と言いたかったのだと思うのだが…。

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