ソウル駅


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   ソウルの町を歩いていると日本の建築と思われる建物に突然出くわすことがある。不思議な気持ちで思わず立ち止まって眺めてしまう。気になると再度訪れ写真に撮ることが多い。ソウル駅(旧駅舎)もわたしにとってはそうした建物の一つである。

  ソウル駅は2004 年に高速鉄道(KTX)の開業でガラス張りのモダンな駅舎になったが、昔の駅舎もすぐ隣に保存されている。この駅舎は東京駅にとてもよく似いる。この駅の歴史を知りたいと思った。

 

 

 
(鄭在貞の解説)
  旧駅舎は総面積6,600平方メートルで、レンガと石材混合の地下1階・地上2階の建物。東京帝国大学の塚本靖教授が設計したといわれる。
  韓国で最初に鉄道が開通したのは1899年9月18 日。済物浦(仁川)から鷺梁津(ソウル)までの京仁線であった。日本が海外で初めて建設した鉄道。1900年に漢江を渡る鉄橋が架設され、鉄道は現在のソウル駅まで延びた。当時の駅名は南大門で、木造1階の小さな仮建物だった。
  朝鮮総督府は22 年6月から京城駅を今の形に改築し始め、25 年9月に完成した。この建物はビザンチン風のドームをかぶったルネサンス様式で、中央ホールの上部は四面体のドーム、四面は半円形のアーチを回し、待合室に明るい光線を引き込むようにした。列柱が並ぶ1階は待合室、2階は貴賓室とレストラン、地下は役務室と乗降場連絡路などに使った。駅は同じ年に完成した総督府庁舎とともに京城の名物になった。
  官僚、軍人、実業家などが頻繁にこの駅を利用し

 



た。19年9月、赴任したばかりの斉藤実総督はこの駅で、朝鮮人民族運動家の姜宇奎から爆弾を投げられた。
  京城駅は日本と大陸に開かれた窓口でもあった。20年代には、京城駅から英ロンドンまで行く切符が発売された。30年代半ばからは、釜山と中国・奉天(現・瀋陽)、北京などを結ぶ列車が走った。名前はなんと、あかつき(暁)、ひかり(光)、のぞみ(望)だった。
  京城駅は韓国が植民地から解放された後、46年5月にソウルという駅名に戻った。ソウル駅は日本と満州から帰還する人々であふれた。
  しかし国土が南北に分断され、ソウル駅の役割は制限された。その上、50年6月からの朝鮮戦争でソウル駅の施設は壊滅。駅舎はかろうじて残された。その後、ソウル駅は韓国の経済復興とともに、田舎から夢を抱いてソウルに押し寄せる人々の玄関になった。ソウル駅舎はまさに韓国の近現代を見守ってきた生き証人といえる。