世宗大王


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   在韓日系企業の関係者が集まるソウル・ジャパン・クラブ(SJC)の旅行で京畿道驪州郡にある世宗大王のお墓を訪ねた。世宗大王はハングルをr作った偉大な人くらいに思っていたが、農業、気象、天文、医学等の分野でも業績多く、本当にすごい人であることを知った。
   彼は外交にも優れ、周辺諸国との紛争を避けながら国力を蓄えた。朝鮮王朝27人の王の中で大王と呼ばれる王は世宗だけである。

 

 

 
(鄭在貞の解説)
   世宗は朝鮮王朝第4代の王(在位1418~50)だ。本来、王位を継承するはずだった譲寧大君の代わりに王となった世宗は、政治、経済、社会、文化など、すべての面で国の枠組みを作り上げた。儒教的な政治理念に基づき法典や制度を整備し、訓民正音を提唱し、言語と文字の一致を進めた。
   農業と技術を発達させることで百姓の生活を潤わせ、国家財政を堅固なものにした。また膨大な書籍を編さんし科学を奨励し、各分野で朝鮮文化のレベルを一層高めた。彼の設立した集賢殿は、改革政治を進めるシンクタンクでもあり、棟梁を輩出する人材の宝庫でもあった。
   世宗は、内政だけでなく外交にも大きな業績を残している。南方では、倭寇の本拠地である対馬を攻撃し、室町幕府に使節を派遣することで海岸の安全を守
 



った。釜山に日本との貿易港を開設し、対馬と癸亥条約(1443 年)を締結。貿易船と貿易額の規模を定めた。
   北方では、国境線を鴨緑江まで拡張し、慶尚道出身の人を移住させて領土を開拓した。また、女真族を懐柔することで国土を豆満江にまで広げた。
   世宗の時代の東アジア海域では倭寇が勢いを振るっていたため、極めて混乱が多かったといえる。室町幕府と明はこのような状況をまともに制御できていなかった。そのような国際情勢の中で、西洋よりも早い東アジア式のルネッサンス文化を朝鮮半島に花開かせた世宗は、正真正銘の聖君と言えるだろう。