私が大荷物抱えてソウルにやって来たのは、黄砂舞う 5 年前の春でした。 95 年に留学先で韓国の彼と出会い、 5 年にわたる東京-ソウルの遠距離恋愛に力尽きてきた頃、「とにかく住めるかどうか試してみよう」と未知の韓国に飛び込むことにしたのです。

 当時日本はまだ韓流ブーム前。今のようにドラマや映画で韓国情報を仕入れることもできず、「韓国に住む ?  大丈夫なの ? 」という周りの心配を背にやって来た私には、毎日が衝撃の連続でした。常に危険と隣り合わせの交通事情、胃腸を刺激してやまない辛い料理、近すぎる人と人との距離・・・。一見日本と似ているだけに、ついつい比べてしまってストレスをためる日々。 1 年後に結婚する頃には何とか言葉もわかり、料理にも慣れ友人もできてうんと楽しくなってきたものの、気持ちはどこか迷子のようでした。

 そんなある日、韓国の日本語学習サイトでコラムを連載してほしいと頼まれます。けれど当時 ( 今も ) 私の韓国語は恐ろしくあやふや。ここは文字の少ない絵でごまかしちゃえと、 4 コマ漫画を連載することになりました。漫画なんて描いたこともないのに、人間切羽つまると何を考えるわかりません。

 

漫画のテーマは「外国人の見た韓国」。日本語学習者向けに日本語と韓国語を入れ、日々驚いたり笑ったり感動したことを描きました。韓国人の社長からは自由に描いていいよとお許しが出たものの、愛国心の強い韓国でどこまで描いて許されるか ?  自分の国のことを変な外人に漫画にされたら嫌じゃないか ?  と不安に駆られたので、まず漫画好きの夫に見せ、韓国の人も笑えるか容赦ない検閲を受けてから掲載することにしたのです。

不思議なことに、漫画のネタとして周囲を観察するようになってから、韓国生活が前より楽しくなりました。前はバスなどで突如勃発するケンカにもただ怯えていたのが、これをどう面白く表現できるかなと、食材を前にした料理人のような気持ちになったのです ( 図太くなっただけという声も ) 。漫画にすると嬉しいことはさらに嬉しく、嫌なことは笑い飛ばしてストレス解消になるという効果もありました。

 

 

肝心の漫画の反応はというと、毎週会社のサイトに掲載した途端、読者の方たちからどっと書き込みが寄せられるようになりました。さすが IT 先進国。すぐクビになるだろうと高をくくっていた私も、反響があると嬉しくて俄然やる気になったのです。

意外だったのが、多くの人がブーイングどころか寛大に笑って受け止めてくれたことでした。感想で多かったのは、「改めて韓国の良さがわかった」「韓国にいる外国人がどう感じているかわかって新鮮」「私たちはこういう所を直すべきだと思った」といったもの。もちろん「全部の韓国人がそうじゃありません」 ( 確かに私の個人的な体験なので ) とか、「絵が下手」 ( 泣・・・ ) という意見もありましたが、「日本人は悪人ばかりと思っていたけど、笑ったり傷ついたりする同じ人間なんですね」という意見を読むと、苦労して漫画を描いて良かったとつくづく思いました。

描くときに気をつけたのは、日本と韓国を比べて優劣をつけないこと、ただの批判にしないこと、政治的な話はしないこと。一度うっかり失敗したのが、漫画の背景に「神社参拝」という言葉を入れてしまったとき。ある読者の方から漫画とは別に、「まったく日本って国は・・・」という書き込みが始まり、平和なサイトが日韓問題で一気に過熱していったのです。

ところが日本や日本人を非難する人がいる一方で、冷静にかばってくれる人たちも少なくありませんでした。ここが日本語を学ぶ人のサイトだったことと、匿名のネット社会だからということもあると思いますが、「ただ韓国をほめるだけが愛国者じゃない」「一対一で付き合えば善良な日本人もいる」といった意見を見て、思わず胸が熱くなりました。その後も似たようなことが起きるたび、必ず誰かが収めてくれるのです。もしかしたら韓国社会も、だんだん多様化しているのかなあという気がしました。

 

数ヶ月経った頃、韓国の友人たちから続々と「ネットでヨーコの漫画見たよ ! 」との知らせが。会員制の小さいサイトなのになぜ、とよく聞けば、いつの間にか色んな個人サイトで、私の漫画がコピーにコピーを重ねて出回っているとか。さ、さすが IT 先進国・・・。それでも多くの人に読まれるのは嬉しいものでした。さらにしばらくすると、韓国の出版社から「本を出しませんか?」と連絡をいただくように。韓国で出版 ?  しかもこんな絵で ?  と戸惑うなか、あわよくば印税で養ってもらおうと企む夫に「記念に出しなよ」とそそのかされ、 2004 年 2 月、漫画にエッセイを加えてついに本を出してしまいました。タイトルは「セデク ヨーコチャンエ ハングッサリ ( 新妻ヨーコちゃんの韓国暮らし ) 」です・・・。

同時に出版社からは、宣伝のためすべての取材を受けるようにとのきついお達しが。嫌がる私は半ば引きずられるように、 < 韓国の漫画を描く日本アジュマ > として新聞や雑誌やテレビの取材を受けました。ある時ドキュメンタリー番組のプロデューサーから、「日韓関係が微妙な今、もしかしたらこの番組を見た韓国人のうち、一人でも日本人に対する考えが変わるかもしれない。もしかしたら、在韓日本人の方が少しでも住みやすくなるかもしれない。そう思って頑張って出てください」と言われ、ハッとしたこともあります。今思えばうまく乗せられた気もしますが、実際放送後に道端で韓国の人から、「慣れない外国で大変でしょう」と声をかけられたりしました。

すぐ絶版かと噂された本ですが、ありがたいことに版を重ねて日本や台湾でも翻訳版を出すことができました。日本からは続々と増えているという日韓カップルの方々から連絡をいただいたり、「韓国に親近感を持ちました」という手紙が届いて感激したり。

 

本を出してから変わったことというと、夫の親戚内で嫁としての地位が ( ほんの少し ) 向上した ( 気がする ) こと。出発前に心配していた日本の家族や友人たちが、漫画を読んでひとまず安心してくれたらしいこと。そして何よりも、韓国で私自身の居場所ができたような気がすることです。この先どうなるか自分でもさっぱりわかりませんが、できればこれからも日本には韓国の良さを、韓国には日本の良さを伝えられる何かができたらいいなと思います。