日韓国交正常化四十周年を記念した「日韓友情年」が幕を下そうとしています。僕個人は「政府に『友情』とか言われても、本当の友情など生まれるものかなあ」とそのネーミングにわだかまりを覚えていた者ですが、四十周年を記念して日韓の交流をさらに活性化させようという主旨にはまったく賛同するものでした。

 しかし、日韓国交正常化四十周年というのは日本では「還暦を迎えた戦後」、韓国では「乙巳条約(第二次日韓協約)百周年」でした。韓国では、日韓国交四十周年のベクトルと「乙巳条約百周年」がせめぎ合う構造で、ヨン様ブームに象徴される韓流ブームと竹島、日本の歴史教科書、小泉首相の靖国神社参拝という懸案問題がせめぎ合い、混在する葛藤の一年間でした。

 

 僕は八〇年代の前半に語学研修で韓国にやってきてから韓国と付き合っていますが、その「葛藤」の情景も随分変わってきました。

 昔の教科書問題の際には食堂に「日本人立ち入りお断り」という張り紙が出たり、タクシーに乗車拒否されるということなどもありましたが、今年の竹島(独島)騒動では在韓邦人が危険な目に遭ったとかいうケースはほとんどありませんでした。ここが反日デモで大きく荒れた中国との大きな差で、韓国は良い意味での「違い」を見せつけました。

 今年のいわゆる「騒動」は日本大使館周辺の「劇場空間」だけでのパフォーマンスでした。デモにしても、昔の文化院に石や火炎瓶が投げられ、大使館に糞尿の入ったビニール袋が投げられるという光景に比べれば、今年はおとなしいものでした。

 昔は大学街の新村あたりで日本語で大声で話をしていると絡んでくる大学生がいたりして面白かったのですが、最近は骨のある学生が少なくなったのか、その手の若者たちもあまりいなくなり、ちょっと淋しい感じです。何というか韓国の「反日」に噛みごたえがなくなりつつあるという淋しさのようなものを感じます。

 

 おそらく、世界でこれほど日本のことを気に掛けてくれている国はありません。ものは考え様で、この「葛藤」こそが日韓関係の醍醐味であり、噛めば噛むほど味が出てくる日韓の複雑な味わいであります。ちょっと他の国との二国間系にはない味の深さであります。「反日」がまったくなくなったら韓国らしくありません。

 しかし、大切なのは葛藤の「光景」よりは日本人、韓国人の心の中の葛藤の「中身」なのでしょう。

 日本人はこれまで公の場では韓国人の悪口を公然とは言いませんでした。しかし、日本人だけになると悪口や批判が噴き出るという光景をよく目にしました。一方の韓国人は公の場では日本を激しく批判しながら、私的な場面になると結構、親日的だったり、家庭では日本の電化製品の愛好家だったりしたものです。僕は日本人は「建前親韓、本音反韓・嫌韓」で、韓国人は「建前反日、本音親日」ではないかと指摘してきました。

 

 しかし、最近、心配しているのは両国のナショナリズムの高揚で、ある種の良い意味での自制機能が外れつつているというか、拝外ナショナリズムが生の形で出ているような感じがあります。日本のインターネット上の「2チャンネル」での発言などを読んでいると、これはもう「建て前」という自制機能もなくなり、耐え難い排外主義のはけ口の場でしかありません。

 一方で、韓国の側でも独島問題における反対の意見を認めない一種の「一色主義」はどうも感心しません。独島は韓国が実効支配しているのですから、もっと余裕を持って冷静に対応しても良いのではないかと思うのですが。

 両国のナショナリズムの高揚がこれまであった「建て前」を悪い意味で破壊しているような気がするのです。これにインターネットが加勢しています。インターネットの本来の役割はそれこそ国境を越えた相互理解にあるはずですが、現実はナショナリズムを掻き立てる場になり、むしろ対立を掻き立てています。相手に実際に会ったり、電話でも良いから相手に自分の肉声で語り掛けたり、相手に自分の身分を明らかにして手紙を書く時、それぞれ自分の責任を持って語り、行動します。しかし、ネットの世界では自分自身への責任が消失し、匿名主義の中で排他的ナショナリズムが高揚している現実にショックを受けています。

 僕が心配しているのは「光景」としての葛藤はかなり薄らいでいるのですが、一部の人々の中の「意識」の葛藤の場では排他的ナショナリズムの高揚で相互理解よりは排除の論理が強化されつつあるのではということです。

 

 韓流などの影響で日本の女性たちに韓国を理解しようという大きな流れが生まれているのは大変な変化だと思いますが、それが、まだ歴史や社会への関心にまでは進んでいないのが実情で、残念です。

 日韓友情年でいろんなイベントがありました。「のど自慢大会」もありましたが、僕は「のど自慢」そのものよりも、こののど自慢に出場した幾組かの韓国人をルポしたNHK番組の方がずっと興味深いものでした。

 北京特派員をしている時に日中国交正常化三十周年で北京での宝塚歌劇団の公演を見たことがありますが、ソウルの今回の公演の方がはるかに盛り上がっていました。

 こうした歌、踊りなど芸術分野の交流が大きな意味があったことは認めるのですが、どちらかと言うと「軟派」優先で、日韓の葛藤の源泉を解きほぐす「硬派」の企画があまりに少なすぎたのではないかと思います。公開の場での日韓が抱えている問題の厳しい議論がもっと展開されてもよかったのではないかと思います。

 しかし、こういうイベントを仕掛けて日韓の交流を拡大、深化させることは意味のあることでしょう。やはり「ビビンパプ」のように混ざることは良いことです。

 

 日韓の交流史に置いて一九八八年のソウル五輪、二〇〇二年のワールド杯(W杯)サッカー日韓共催は大きな役割を果たしました。日韓友情年が終わりつつある中で「次はどんなことが良いかなあ」と夢想しています。

 日本では二〇一六年の五輪に東京都や福岡市が誘致の動きを示しています。福岡市の構想は「福岡・九州五輪」というもののようです。一方でアジア太平洋経済協力会議(APEC)を開催した韓国の釜山市は二〇二〇年五輪の誘致に動き出しています。

 二〇〇二年のW杯日韓共催は日韓関係を深めることに爆発的な効果を生みました。

福岡市は九州なんで国内的な発想ではなくて、釜山市と組んで「玄海灘五輪」というのは無理なのでしょうか。五輪がアジアに一度来ると四年後にアジアでの開催はまずありませんから、二〇一六年か二〇二〇年かは双方で協議して「福岡・釜山、玄海灘五輪」をやれば、東アジアの交流、日韓の交流の起爆剤になるのではと夢想するのですが…。

 それを目標にビビッテ(混ざって)、実際の交流の場で、お互いの排外主義を洗い落とす努力をしてはどうでしょうか。五輪の開催の主体が国ではなく、地方自治体であることも良いことです。日韓の地方都市同士が手を組んで五輪をやることは大きな意味があるのでは。あまりに常識外れの夢想なのでしょうか?