SJC 野球部は 2003 年秋に結成され、実質の活動は 2004 年度から開始されました。サラム会ソフトボール部の方を中心に 10 名程の人数で発足され、チーム名は「JAPAN」、ユニホームは五輪代表のユニホームを作成、韓国という外地で威風堂々と発足しました。

 

 SJCの部会としては 2004 年度の活動が認められ、 2005 年度からでして、現在は部員総勢 26 名の部活に成長しました。活動は試合が主でして、ソウル最大規模の社会人リーグのジュシンリーグ ( http://www.jewshin.co.kr )  参加チーム 90 余チーム ) のダブルAリーグに参加し、月に2度の試合をこなしています。 また、試合のない週は主に日本人学校で練習を行なっております。

 私は運良く 2004 年度の活動初期から参加することができましたが、ただ週末に野球ができればいいなというくらいの気持ちで参加したのを覚えています。初練習も日本人学校にて軽く練習をし、これは楽しく出来そうだなと楽観的に考えていました。しかし、いざ参加してみますと、韓国人チームの打撃に驚きました。野球は日本が強いだろうと漠然と考えていたのですが、相手チームの年齢が若いということもありますが、打撃中心のパワー野球で押してきます。「JAPAN」はそんなパワーに押されてか初戦から3連敗を喫してしまい、暗雲立ち込めるスタートを切っていました。

 

 しかし、4戦目からは平均年齢3 X とは思えない機動力と気合を取り戻し連勝に連勝を重ね何時の間にか上位に食いこんでいきました。そしてリーグ強豪チームで今や「JAPAN」のライバルチームとなったライブウィーナス ( 以下 ライブ ) にもコールド勝ちを収め、 30 チーム中の8強に駒を進めました。その8強戦の初戦がライブだったのでしたが、リーグ戦の借りをと言わんばかりの猛打で 1 年間マウンドを守り続けたエースもその前に屈し、あえなくコールド負け。 2004 年度のシーズンが終了しました。

 そして 2005 年度の目標は「ダブルA優勝! 打倒ライブ!」で始まりました。シーズン中は危ない試合も多々ありましたが、昨年に続き決勝リーグに駒を進めました。そして、 4 強戦。相手はまたもや宿敵ライブ、昨年大敗した雪辱を胸に試合に挑みました。相手投手は伸びのある 125 ㌔の速球を投げ込む本格派で、「JAPAN」が打ち崩すのは骨の折れる相手でした。

 

 試合は昨年ライブの猛打にやられた「JAPAN」のエースが必死にマウンドを守る。先制された直後には「JAPAN」の 4 番が同点を演出し1-1のまま試合は最終回に突入しました。しかしなかなか相手投手を攻略できず2死までおいこまれ走者1塁。続く打者のポップフライで勝利ならずか・・・と思えたのですが、昨年からの雪辱に燃える「JAPAN」にここから神風が吹いたのでしょうか。そのポップフライ、続く打者の内野ゴロが相手のエラーを誘い土壇場最終回で決勝点をもぎ取り、見事勝利を収めました。勢いにのり、続く決勝戦も逆転勝ちし、2年目にして念願の優勝を手にいれました。

 「JAPAN」が発足して、現在までの2年間を振り返ってみますと、あっという間であったように思います。私は「楽しく運動不足解消」で始めた野球でしたが、先輩部員の皆様につられて知らず知らずのうちに熱く活動をしていたんだなと振り返っています。異国の地で団結して強豪韓国チームと対戦し、互いがライバルと認めあい、尊重しあえるチームとも出会うことができました。またそのチームの紹介から今年の夏、韓国のソウル新聞の文化欄に「韓国で活躍する日本人野球チーム」と大きく取り上げられたりもしましたし、リーグの運営側とも友好な関係の中で活動できており、ちょっとした有名チームとなっています。

 

 一つの目標を達成したSJC野球チーム「JAPAN」は、来年度も「楽しく」をモットーに活動を続けて参りますが、事情に合わせた2チームを作りまして、より幅広い活動ができればと思っています。部員は小学生から50歳代まで幅広いですが、野球を楽しむという気持ちで充実した週末を過ごしています。

 任期を終え韓国を離れる方もいまして、部員は常時募集しています。野球の好きな方、我々の活動に興味のある方、お気軽にお問い合わせいただければと思います。

また、最後にこの場をお借りしまして、「JAPAN」を応援して頂いております SJC 、いつも練習場をお貸しいただいております、日本人学校に御礼を申し上げます。

 
お問い合わせは、 japanbaseball@hotmail.co.jp