着任してから、早くも500日に成ろうとしている。

  この間いろいろな経験をした。しかし相変わらず韓国は新鮮だ。毎日のように何か新しいことが印象に刻まれる。

   最近、ある会議に出席するため久方ぶりにプサンに行った。ちょうど、去年のAPECの会議のために訪問してから一年目だった。今回は、会議出席に加え、プサンとテグで、それぞれ地元の有識者にお目にかかりいろいろ話を伺う機会を持った。
 


  まず、行く前に改めて韓国の地図で、等高線に沿って色分けしてあるものを広げてみる。キョンサン道はヨンナム(嶺南)と言われるだけあって、テベック山系が北東から『く』の字型に南の海の方に伸びており、壁のような山なみの北側、西側の地域とは截然と区別されることが一目瞭然だ。
  このような地形が、古くは三国時代の新羅の辺境を形づくり、ひいては政治における地域主義の枠組みを作った一因ともなった。

  地域主義と言うのかはともかく、お目にかかった地元の方々が政治、経済、社会を語る時、時折ではあるが、特にチョルラ道の人たちとの微妙な関係が口に出た。
それは、最近の地元経済の不振とも結びつき、「次」に対する期待にもなって現れているようだった。
テグでは言わば「‘我が地元のタル'(FavoriteDaughter*)」、に対する期待が強く感じられた。
(*ここでは、米国大統領候補選出時の‘FavoriteSon'をもじっています。)

  プサンから車で北上してテグに向かった。
テグの北に向かう時、車窓から周囲を見ながらどの辺りを走っているのか確認しようと手元の地図を広げて見ていたら、その時通過していた高速道路は地図上では14号線となっているのに、道路脇の標識は55号線となっており、一寸困惑した。別の地図を見てみたら、それでは55号線となっており、後者がより新しいようだったので何れかの時点で高速道路番号のつけ方を変えたらしい。(それでは古い地図は意味が無くなりはしないのか?)
  確かにこの国では、新しい道路がどんどん建設されていることが、あちらこちらの工事で明らかだ。と言うことは、古い地図の賞味期限が直ぐ切れてしまうと言うことだ。道路が便利になるのは良いのだが、古い地図はどうしたら良いのだろうか?

 テグのさらに北に足を伸ばした。タブドンの戦場を視察するためだった。
 朝鮮戦争時の英雄、白善燁(ペク・ソニョプ)将軍の著書を読んでいたら興味深い言及にぶつかり印象に残っていたので、ヨンナム地域に行った機会に実地に見ることにした。
  緒戦において敗退し、後退しながらテグ・プサン防衛に適した場所をナクトンガン沿いに求めることとなり、指揮下の第一師団を配置するに相応しい場所を探していたペク将軍は、カサンとタブドンと言う地名に注目した。特にカサンは、パルゴンサンからタブドンに向けて西に伸びる稜線にあり、昔、秀吉軍が攻めてきた際二度にわたり防衛線となり、城の跡もあったことを思い出したから、と書いてあった。

  現場では、あいにくの雨で展望が悪く地形が良く見えなかったが、タブドン近辺では、左右の山系の間に挟まれた自然の回廊があり、この回廊を制圧するための激戦だったことを偲ばせた。(因みに最近の地図には、タブドンの地名は無い、タブリとなっている。何時からか、ドンからリに昇格させたとのことだった。)
  ところで、話は変わるが、この間自分が見つけたと称している(もちろん冗談で)「トンマッコル」は、ソウル近郊のスラクサンの北の麓にある。頂上を目指して登っていた途中で「トンマッコル」を指し示した標識に出くわしたものの、現場を求め行くことはしなかったので、この目で確認していない。後で家にあった地図で見ると本当のところは村と言うより渓谷のようだ。行政地区としては、ソウルではなく、ウィジョンブだった。「議政 府のトンマッコル」と聞くと何故か幻想的なところが無くなってしまう。

  実は、幾つか山登り用の地図を持っているが、スラクサンの北西斜面を見比べてみたところ、この「トンマッコル」の地名が載っていたのは家に置いてあったもの、ひとつだけだった。
  そう言えば、そもそも山登りをしていて、よく気づくことは地図上に示されているコースと、現場のコースは、必ずしも一致していない。これも、道路地図と同様に変化が激しいからなのだろうか(???)。
登山口にある掲示板のコース地図が最も頼りになるので、そこで登る前に確認することをお勧めする。

  話が相変わらず拡散してしまった。
  しいて言えば、「地域、地形、また、地図、地名の話」とでも言うことでお許し頂ければありがたい。