1. 子供のころから本を読むのが好きだった。活字であれば何でも読みたくなった。友達と遊んでいても近所の家の縁側に印刷物があれば 本であれ雑誌であれ広告のちらしまで読みふけった。気が付くと遊び仲間はどこかに行ってしまっていることも度々あった。
   
2.  小学校に入る前の幼児期は父親に買ってもらった童話の絵本、偉人の伝記、冒険小説を読んだ。
   
3. 小学生高学年になると、父親に「学習百科事典」を買ってもらった。好きな中学生用の地図帳と毎日 食い入るように読んだ。 この頃は、付録が一杯付いていた月刊の少年雑誌、漫画と学校の図書館で借りた本を読んでいた。
4. 中学・高校の受験期になると読書量が落ちた。教養を深めなければと思い、世界の名作と言われるものを読もうとした。世界の歴史にも関心があった。当時読んだ本の中で今でも記憶に残っている本は、スタンダール「赤と黒」、ヘルマン・ヘッセ「車輪の下」、芥川龍之介「杜士春」などだ。
   
5.   大学生になり社会への関心が広まる。時は大学紛争真っ最中で社会主義やマルクス主義の本を読んだ。中国語を第2外国語に選んだこともあって「毛語録」を暗記しようとした。
大学生の時に読んだ本で印象に残っている本は、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」とマックス・ウェーバー「職業としての学問」だ。
家庭教師のアルバイトと奨学金をもらったので岩波文化に染まった。未だに読んでいない読みもしないマルクス「資本論」の4巻本や世界歴史全集などを予約購読し知識人になったつもりになっていた。「日本歴史全集」も今に至るまで1巻も読まずに田舎の実家の小屋に置き去りになっている。
   
6. 当時から岩波新書、岩波文庫を買い集めるようになった。関心分野は、①社会主義、マルクス主義、②自然科学、③政治・経済だった。
   
7. 会社員になって給料で本を自由に買えるようになったが、今度は読書時間がなくなった。仕事だけでなく、職場の付き合い(酒、麻雀)、家族、テレビと読書の邪魔になるものが増えた。
その頃、梅棹忠夫教授が「知的生産の技術」(岩波新書)で紹介した京大型カードが流行った。私も自家製を作って、読書ノートを記録することにした。読むこと自体よりも何冊読んだかを記録することに関心があった。だから200冊ほどの読書メモをカードに記録したら、頓挫してしまった。
   
8. 会社への通勤経路にある区立図書館の貸し出しカードを4枚持っていた。いつも手元には10冊ほどの本を借りて返却期限までに読むよう自分を読書に追い込むようにしていた。今では区立図書館のサービスも向上して一度に10冊の本を貸してくれるようになったが、当時は一度に3冊くらいしか貸してくれなかった。
読みたい本をリクエストすると大概の本は1週間ほどで購入してくれるか他の図書館から取り寄せてくれた。図書館のない田舎に育った者にとっては掛け買いのないサービスだった。これだけで地方税の負担をまかなっておつりが出ていると満足していた。
  読書の場所は通勤電車だった。出張の時は沢山の本が読めるので嬉しかった。現在のように携帯電話がなかったので会社から追っかけて連絡が来ることがなく読書に専念できた。
  こういう生活で年間130~150冊の本を読んでいた。
  この頃の思い出の本は、司馬遼太郎「坂の上の雲」だ。
  40代になってから読書カードの代わりに日記に読書感想文を書くようにした。日記は小学校4年生時分から欠かさず書いている。大人になってからは大学ノートを日記帳にしているので読書感想文も日記の一部に書き込むようになった。
   
9. 会社員になってから「岩波新書」を毎月、全冊予約購入していた。香港に赴任しても1年目は発行される全冊を予約購入していて日本に戻った際に運んでいた。しかし、毎月の発行冊数が増え、新赤版になって内容がつまらなくなったので購読を中止した。やはり青版の魅力には劣る。他の出版社から新書が続々と発刊されるようになって内容の質より沢山売れることを優先するあまり時事的なテーマ、人気のある書き手に短期間で書かせるので内容は薄ぺっらになった印象を持つようになった。
土曜日の休みには神田や早稲田の古本屋さんで青版の「岩波新書」を買い集めるようになった。今では古本屋さんが毎年何軒か廃業して行くので寂しくなったが、インターネットで古本を注文できる環境になったので探す時間を節約できるようになった。しかし1冊ずつ手に取って本の紙魚を払ってページを繰る楽しみはなくなった。
   
10. 香港から帰任した際にはそれまでの私の書斎は子供の寝室になっていた。家には本を置く場所がなくなったのでアパートの近くに1部屋借りて週末に読書をしたり、音楽を聴いたり 物思いにふける「男の隠れ家」を確保した。
   
11. ソウルに赴任する際には、妻から蔵書を捨てるか、田舎に送るか処分を迫られた。
  迷ったあげく「男の隠れ家」にあった本を全部ソウルに運んだ。約2千冊もあったので運送屋さんが驚いていた。 ソウルのアパートは広く一人暮らしなので、それまで段ボールに入っていた本の表紙が全部見えるように6段の本棚を10個買って部屋に並べてみた。大満足だ。気が向いた時に本を整理しているが、同じ本を何回か買っていたことを発見する。懇意になったソウルの大学の副総長にこの話をしたら、韓国を離れる際は蔵書を大学に寄付するよう依頼された。
   
12. 日本に出張で行くたびに隙間時間を利用して本屋に飛び込む。1万円も出せば沢山の本が買える。インターネットでも本を買って留守宅に配達してもらっているので その本を持ち帰る。
  こうして3年半で数百冊の本が溜まって行く。全部読む訳でない。面白かった本は会社の部下にプレゼントする。
  10冊のうちで3冊くらいが買った甲斐がある本になる。3割当たれば良いと割り切り、迷ったらとりあえずその本を買うことにしている。
  こういう訳なので面白くないもの、自分の関心が湧いてこない場合は途中でも読むのを中断して別の本に移行することにしている。
   
13. ソウルでは日本語の本を置いている図書館がない。本屋さんも限られた本しか置いていないのでソウルに滞在する期間は日本へ買出しが続くだろう。2006年夏にソウル駅の向かい側に「ブックオフ」が開店し日本語の本を沢山並べるようになった。漫画、文庫本が中心だが日本人にはありがたい本屋さんになってくれた。
   
14. 今後の私の読書生活を考えると、一つは健康との戦いになる。いつまで本を読む視力と根気を神様が与えてくれるのだろうか。
  残された時間を考えると無駄な本を読んでいる場合ではないことが計算できる。と知りつつも相変わらず、ビジネス書、新聞や雑誌に多くの時間を費やしている。
  二つ目は書斎の確保だ。これは部屋の大きさに関係があるのでお金と直結している。
  東京に戻ればソウルのような広い空間がないので本当に手元に置きたい本だけを精選しなければならなくなる。多くの本を手放さなければならないという悲しい現実に直面することになる。
   
15. 今の私には何を読むかより何を読まないか、読書の邪魔になる時間をいかに少なくするかが課題と言えます。