日本は10年間の不況をどう乗り越えたのか
       ・・・日本人がみる日本の不況10年

韓国富士ゼロックス(株)
高杉暢也

1980年代後半に円高に伴う景気後退を防ぐため、日本政府は各種規制を緩和し、無理な景気浮揚策を施行した。これにより不動産バブルと株式バブルが生じ、結果としてバブル崩壊並びに資産価値下落を引き起こし、実体経済を萎縮させ、産業の空洞化、高失業率、デフレスパイラルから抜け出せずに「失われた10年」と称される景気沈滞が続いた。

この間、日本政府は約100兆円規模の公共投資及び中小企業対策を実施したが公共投資主導では景気回復は図れず、逆に財政悪化を招いた。漸く2002年以降、政府財政に依存しない構造改革型の景気回復が見られるようになってきた。回復当初は中国、米国などへの輸出中心の外需主導、その後は内需、特に民需(民間消費と民間設備投資)が牽引し、企業は雇用、設備、債務の「3つの過剰」を解消し好業績を持続するようになり「失われた10年」と称される長いトンネルを抜けることになった。

 

日本は10年間の不況をどう乗り越えたのか

日本が10年間の不況をどう乗り越えたのか、そして今後どうあるべきか、この時期、韓国に駐在し韓国富士ゼロックス再建に取り組んだ経験をもとに日韓両国の経営マインドを比較しながら私の所感を記してみることにする。

<経済環境>
1990年代、世界経済はグローバル化、ボーダレス化の流れを加速していた。当時、日本は「 CAD 」、即ち、「 C ( C h ina )、 A ( America )、 D ( Digital )」に直面していた。
中国( C h ina )は「高い成長性」、「巨大な市場」、「安い生産コスト」を持つ、将来性のある国であり、多くの日本企業は、先ず「安い生産コスト」を求めて工場移転など生産設備投資を行った。その結果、コスト競争力のある製品を作れるようになったが、一方、日本国内の産業空洞化を招いた。
米国( America )は堅実な経済成長を持続し、日本と競争を高める傍ら、日本製品(特に、自動車、半導体、電化製品など)の輸入国としてよいパートナーとなり、日本経済を下支えした。
世の中の技術はアナログからデジタル( Digital )への転換期であった。日本の旺盛な R&D 投資は人、物、金をデジタル技術に集中し、デジタル技術国家を構築していた。
経済環境について言えば日韓両国に大きな違いは無かったように思う。

経営スタイルはその国の国民性、文化に基づくものだが、私の感じるところ日韓両国の間には次のような相違がある。

 

<強みと重視する部門>
日本と韓国は「物作り」のできる国である。「物作り」のためには「 R&D と生産の一体化力」が求められる。日韓両国はこの強みを持っている。しかし、この強みの活用において両国に大きな違いが見られる。
日本企業は開発・生産現場を重視するが、韓国企業は企画、財務部門を重視する。 そして、日本の産業構造の特徴は大企業 ( メーカー ) を頭にした系列構造となっていることにある。
一次ベンダー、二次ベンダー(主に中小企業)は部品、素材の Q ( 品質 ) 、 C (コスト)の改善を徹底的に追及させられる。そのためにメーカーはベンダーに資金、技術、人材を支援している。 即ち、「 R&D と生産の一体化力」を強化する構造となっている。

下記の米国、日本、韓国3国の科学技術力比較表を参照されたい。
(出典:三星経済研究所 03 . 04 . 08 )

  単位 米国 日本 韓国
研究開発費(対GDP比) 億ドル(%) 2,472 (2.84) 1,320 (3.04) 122 (2.68)
研究者数(人口万人当たり) 千人 1,114(41) 643(52) 160(34)
特許出願件数 千件 263 437 122
技術貿易収支(輸出/輸入) 3.26 1.13 0.07
ノーベル賞受賞者数(自然科学) 204 19 0

この表に見られるように日本式経営はその強みである「物作り」のために長期不況下でも R&D 投資(投資金額のみならず研究者、特許出願件数など)を継続して行って来ている。

 

<労働生産性について>
少しデータは古くなるが 2003年6月28日のKOREA TIMESによれば「労働生産性は人口20百万以上の先進30カ国の内、第1位は日本の7.6で、韓国は3.55で最低の30位(スイスのIMD資料)」」と発表されている。
当時の新聞は「ここ4年間の賃上げ率は労働生産性上昇率の2倍」(朝鮮日報)、「昨年、韓国の労働者1000人あたりの争議行為による労働損失日数は日本、台湾に比べて270倍も多い」(中央日報)と報じている。現代自動車は労組が高い労働分配率を求め、労働争議を起こし、労働生産性を低下させているが、日本のトヨタは1兆円の利益を生んでも賃上げよりも R&D 投資優先で労使合意という労使文化がある。


<企業観について>
日本では基本的に企業を人間の疑集体と見なす点で韓国と異なる。 グローバル化、少子高齢化などで最近、変化が見られるとはいえ運命共同体、年功序列システムは中核的人材の企業への忠誠心、技術の内部蓄積などの目に見えない資産を増やしている。


<目標管理について>
日本企業の経営目標は安定成長を基盤にして市場占有率を拡大させ、利益、キャシュの増加をはかる。 そしてこの目標を達成するためにPDCAによる改善活動(TQM手法)のきめの細かい科学的目標管理経営を実行している。 これに対して韓国企業は売上高の増加と企業規模の拡大を経営目標におき、改善より改革に重点をおき、勘と感情に頼る経営が多く見られる。


<3現主義について>
日本の改善活動は現場、現物、現実の3現主義を基本としている。 従って、経営者から末端の社員まで方針管理を徹底させ、経営者自ら現場に行って、現物を確認し、事実のデータをベースに議論し、意思決定を下す。 スピードが遅いという欠点はあるものの世界最高の製造業競争力をつけた。
韓国企業は即断、即決のスピードは早いものの、TQM手法のようなきめの細かい科学的目標管理経営が少なく、試行錯誤的経営が多く見られる。 最近、シックスシグマなどの手法を取り入れてきている企業が多くなってきていることは喜ばしいことである。

以上のような改善活動をベースとする日本式経営はこの長いトンネルの中で苦しみ、もがきながら、三星経済研究所の指摘する次のような変革を生み出し、雇用、設備、債務の「3つの過剰」を解消し、日本経済を復活させたと言える。

 

(1) 脱日本、超米国型システムへの移行

日本式経営長所
米国式経営長所
新経営モデル誕生

(2)革新的生産方式導入

高付加価値化による多様化、高級化の顧客ニーズ
セル生産システム導入

(3) 3現主義経営の実践

3現主義経営復活
ヒット商品開発

 

日本は今後どうすべきか・・・日韓FTAが鍵

 しかしながら、日本経済は景気が回復基調を取り戻したと言うことだけで経済の質やレベルが変ったと言うことではない。経済の質やレベルを上げるため日本政府は次の3つの優先課題を示した。
(1) 成長力・競争力強化(2)財政健全化への取り組み(3)安全・安心の確保と柔軟で多様な社会の実現

特に(1)の成長力・競争力強化では地域・中小企業の活性化、 IT とサービス産業の革新で更なる生産性の向上をはかり、新たな需要の創出を目指し、加えてアジア諸国との協力、共生により国際競争力の強化を目指している。そして大事なポイントは政府レベルでも長期的視点から一貫性のあるプログラムとし、目標を明確にして PDCA サイクルを着実に実施することを明記していることである。国家戦略は「 Continuity 」、「 Consistency 」と「 Accountability 」が問われる。韓国の「東北アジアの経済ハブ構想」は重要な経済戦略であったはずだが、残念ながらどこまで実現したのか明らかでない。

アジア諸国との協力、共生による国際競争力の強化は、とりわけ民主主義、資本主義の共通の体制を持つ韓国との協調は最も大事な戦略となる。韓国においても完成品ができてもその中の素材、部品は外国(特に日本)からの調達によると言う産業構造、なかんずく中小企業の育成は経済発展の重要な課題であると思う。両国にとって日韓 FTA の早期締結は焦眉の急といえる。

日韓両国は産業構造が似ている、中間所得層が多い、教育水準が高い、都市化が進んでいるなど多くの共通点がある。一方、両国には賃金格差、経済規模差、技術力・品質力の差があるとされるものの、日本は高齢化・少子化傾向、生産設備の老朽化現象、そして消費減退とデフレで長い間続いた経済低迷からやっと抜け出した状態にある。韓国は消費力が高く、競争刺激にあふれ、成長活力に満ち溢れて、生産設備は比較的新しく、労働力年齢でも20年程度の余裕もある。両国がその強み,弱みを相互に補完しあいながら1つの市場を作ることにより人口で1億7千万人、経済規模で米国の3分の2に匹敵する 5 兆ドルの市場ができると言われている。

日韓 FTA 締結により日本も(1)韓国の持つバイタリティにより日本の国内改革が期待でき、(2)国際競争力の強化が図れる。韓国も(1)人的のみならず、技術,知識等の交流が飛躍的に活発化し中小企業の育成が図れ、(2)韓国企業、製品の日本市場への浸透が図れる。そして両国にとって(1)日韓企業間の戦略的提携可能性が生まれ、さらに(2)アジア進出を考える欧米企業にとって魅力的な市場となり海外投資(FDI)の期待が生まれる。

1990年代に米国が再度経済復興を成し遂げた大きな要因は外資導入(FDI)にあったと言われている。 歴史から学ぶとすれば日韓両国とも更に積極的な外資導入(FDI)が必要になるだろう。(完)

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