生きているバイアグラ

黒田勝弘

 以前、江原道の春川に行ったおり、地元の人が案内してくれた食堂のメニューに「サンチョンオ」と書いてあった。 「オ(魚)」とあるので魚だろうが、どんな魚か従業員に聞いても分からない。春川は内陸都市で湖の町だからおそら く淡水魚だろう。それを焼き魚で出すというので注文した。

 出てきたのを見ると三十センチ近くの結構、大型で、マス(鱒)という感じだった。水清き春川あたりでは養殖が盛 んだ。従業員に「こりゃソンオ(鱒)じゃないの?」と反問するが「いや、サンチョンオです」という。そこでぼくは 「とするとヤマメ(山女)かな?」とだいたい推測がついたが、確信はない。日本でヤマメを食った記憶は薄れている し、焼き魚の味だけでは区別できない。

 ソウルに戻って辞書を調べると、「サンチョンオ」はやはりヤマメ(山女)のことで、漢字では「山川魚」とある。 ヤマメが日本で「山女」というのもシャレているが、韓国の「山川魚」もなかなか情緒がある。

 春川で食ったのはおそらく養殖モノと思われるが、それにしてもあれはちょっと大きすぎる。味も焼き過ぎでパサ パサし、いまいちだったな。ひょっとして、客が区別がつかないことをいいことに「ソンオ(マス)」を「サンチョン オ(ヤマメ)」と偽って高く売っていたのかもしれない…などと性悪に考えたりしたのだった。

 それ以来、「山川魚」は気になっていたのだが最近、ソウルのど真ん中でこれに出くわした。しかも生きているのに。  あれは感激だった。レストランの玄関にある水槽に「山川魚」が数十尾泳いでいたのだ。日本で「山女」というよう に、体に美しい斑点をもった美魚だからことのほか美しい。食用に養殖したものとはいえ、食べるのが惜しいほどであ る。

 渓流魚のヤマメやイワナ(岩魚)など日本では塩焼きが一般的だが、この店は刺し身だという。これもちょっとした 驚きだったが、面白い。注文すると二十センチほどの「山川魚」が、薄くきれいに刺し身にして出てきた。四尾ほどだ ったか。

 ヤマメは基本的には陸封されたサケ・マス系の淡水魚だから、身は薄いピンク色でこれまた美しい。そして味もまた 珍味であった。韓国では刺し身というと山盛り出てきてげっそりすることがあるが、この「山川魚」の刺し身は小ぶり でかつ貴重なせいか、山盛りでなかったのがかえってよかった。もうちょっと欲しいなあ、という余韻を残したところ が美味の記憶をより強烈にしたのでした。

 で、この店は汝矣島のKBS別館裏、柔道会館隣のビルにあり、「臨津閣」と看板が出ていた。それにしても「山川 魚」が美しく群泳する水槽に「生きているバイアグラ」と宣伝文句が書いてあったのは興味深い。ヤマメがなぜ「バイ アグラ」になるのか、これは追求の価値がある。

 <筆者紹介>

 くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信外信部を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。

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