柚子茶(ユジャチャ)

武村一光

 「おいしーい。おいしんだー。何んだろうこれって」「へー、柚のお茶だって」「甘いね、いい臭いだし。 臭いじゃないや、香りだ。いい香りだね。ねえ、買っちゃうか」「でも重いよ。帰りに買おうよ」。賑やかな 会話を残して一団の女の子、日本人観光客が去って行った。ロッテデパート地下食料売り場で柚子茶を試飲販 売していた。

 久しぶりに訪れたソウル、明日東京に戻るのに何を土産にしようか考えあぐねていた矢先だけにこの賑やか さは朗報だった。華やかなチマチョゴリのおねえさんが盛んに勧めている。小さな紙コップに一杯淹れてもら い口に含んだ。ぱあーと柚の香りが口に広がる。何んとも嬉しく、また懐しくもあった。

 初めて柚子茶を知ったのはもう何年も前のこと。そのときも確かデパートの地下売り場だった。正に先の女 の子達と同じ感想だった。一瞬に遠い目付きになったこちらにチマチョゴリがおいしいでしょと覗き込む。あ っこの娘美人だなと柚子茶と全く違うことを考えた。

 うれしくなり大きい方のびんを一つ買うことにした。黄金色の柚子茶は見た目にも実に美しかった。内容物 1100㌘、びんの重さを加えると1300㌘になるだろう。先に求めた参鶏湯のパックが既に1600㌘だ から合わせて3㌔になってしまう。重いからあとにしようというわけにもいかず、それでもニ・三個買いたい 衝動を一個に押さえるのが精一杯だ。柚子茶の重さとは反対に土産を何にと迷っていた重い心がすっと晴れた。

 そういえば済州国際空港には小さな広口びんの柚子茶が売っていたことを思い出した。みかんは韓国では済 州島でしか成らないと聞いたことがある。柚も同じ柑橘類、済州島が本場なのだろう。済州土産は韓国土産で もあったのだ。柚子茶の隣でみかんが飛ぶように売れていたのも思い出す。こちらは本場のみかんを半島に持 ち帰る心のこもった土産物なのだろう。

 人と待ち合わせたSJC(ソウルジャパンクラブ)でミスリーが外は寒かったでしょう。熱い柚子茶を淹れ ましょうねと言ってくれる。さっきは試飲だから味わっただけ、今度は舌が焼けるくらい熱いのをたっぷり堪 能させてもらう。今年は当たり年なのだろうか。夏の暑かった日本は決して当たり早とはいえないと報じられ ていたから一寸心配だ。それにしても本当においしく、正に走りの柚を使った柚子茶なのだろう。

 振り返ってわが家の柚は実のついた樹を植えたばかり、植木屋がもう取ってやらないと樹が疲れるよと言っ た。鋏で丁寧に切り取った柚の実は本来の香りがなかった。置いておけば少しは香りがでるかと笊に入れてあ る。何年かして無事に樹が育ち溢れんばかりの収穫があったら、そのときは是非柚子茶を作ろうと思っている。 それまで何回ソウルに通わなければならないだろうか。柚子茶はお茶で飲むほかにそのままトーストに塗って も実に旨い。蛇足かもしれないが加えておこう。

 <筆者紹介>

 たけむら・かずひこ 1938年東京生まれ。94年3月からソウル駐在、コーロン油化副社長などを歴任。98年 4月帰国。日本石油洗剤取締役、タイタン石油化学(マレーシア)技術顧問を歴任。

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