神話崩壊

大西憲一

 これまで韓国経済を引っ張って来た「財閥神話」が音を立てて崩れている。IMF不況に突入した数年前から中堅財閥の破綻が相次いだが、今回は現代、大宇という横綱格の大財閥だけに、韓国経済及び国民に与えるインパクトは大きい。

 現代グループは政府、銀行の支援を受けながら、オーナー一族が必死になって再建を目指しているが、大宇はオーナー経営が完全に崩壊した。「世界経営」を旗印に、短期間に大財閥の会長にのぼりつめた大宇の前会長は、韓国で最も成功したビジネスマンの最右翼と評され、年中世界を縦横に駆け巡る姿は韓国の若者の英雄であり、将来の夢でもあった。私も何度かお目にかかる機会があったが、イメージと違った好々爺のような風貌ながら、自信溢れる発言と圧倒的な行動力に、無条件で敬意を覚えたものだ。

 一昔前になるが、日本で「不毛地帯」という経済小説が人気を博したことがあるが(韓国語版も出版され、ベストセラーになった)、この小説の中で主人公のライバルとして出てくる辣腕ビジネスマンは、当社の元役員のK氏がモデルと言われている。実際のK氏は小説以上のやり手で、彼とそのスタッフは「K軍団」と呼ばれて内外から恐れられていたが、残念ながら志半ばで当社を退社された。これまで私は大宇の前会長を拝見するたびに、風貌は対照的ながらそのカリスマ性とリーダーシップに、K氏の勇姿とダブって見えたものだ。到底手の届かない「雲の上の人」ながら、二十四時間ひたすら仕事に打ち込む姿勢に、ある種の親しみに近い尊敬の念を抱いたものだ。偶然だがお二人とも最愛のご子息を亡くされてから、より一層、仕事に没頭された。

 私の長年の友人であり、最近、五年ぶりに海外勤務を終えて帰国した大宇マンの一人と夕食を共にする機会があったが、五年間留守の間、環境のあまりの変わりように驚いていた。もっとも大きな衝撃は、「絶対的な存在であった会長がいなくなったこと」だと。彼は、「今起こっていることが本当だとは、どうしても信じられない」とも言っていた。

 傷心の彼に酔った勢いで、「多くの社員は、今、会長をどう思っていますか?」と、意地悪な質問をしたが、彼はため息をつきながら「複雑な気持ち、それしか言えない。あなたが同じ立場ならどう思いますか?」。愚問であった。

 続けて彼はポツリと言った。「全てを知りたい気持ちと、このまま忘れたい気持ちが半々」なぜなら、自分を含めてこれまでの夢をこれ以上壊されたくないと。

 その日は、よき時代の想い出を肴に、彼と深夜まで痛飲した。

<筆者紹介>
 おおにし・けんいち 1943年福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、今年7月から新・韓国日商岩井理事。


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