哭の深さ

金真須美

 彼女は自分で名前を告げた直後に倒れたという。雨の中、オートバイを運転していての交通事故だった。加害者の運転手が病院に運んだが、すぐに昏睡状態になった。化粧けの無い肌は抜けるように白く、西洋人形のような目鼻だちのその人は、大学のゼミ仲間だった。優秀だったが控えめで、笑みをたやさない人だった。

 脳死状態の彼女を同級生達が次々と見舞いにいった。名前を呼ぶと、意識のない筈の彼女が、一筋の涙を流すのだという。ノートを貸してもらったり、卒論を一緒にしたりという間柄だった。なのに私は見舞いに行けない。事故を予測する筈もなかった彼女が、日記にもっと一生懸命生きたい、などと書いていたと聞いただけで、とても現実を見る勇気が出なかった。見兼ねた友達がついて行くから、といいだした。やっとの思いで見舞いの花を注文し、出かけようとした日の朝、友人から電話が入った。

 たった今、旅立ったという。心やさしい彼女は、意気地なしの友を気づかってそっと別れを告げたのか。花束は大学近くの、鴨川の清流に手向けた。桜庭の季節だった。透明な水面に、桜の花びらが幾枚にも散っている。

 友人は、彼女には同棲していた恋人がいたといった。在日との同胞結婚の為、恋愛御法度だった私にとって、彼女が大人の恋をしていた事実は、深い驚きだった。他の友人と違って、彼女は自分と同じく未だ恋を知らないものだと決めつけていたのだ。葉桜を眺めつつ、愛する人を得て、この世を去らねばならない心中を思った。彼女のことだから精一杯恋人を愛していたことだろう。そう思うと、せめてもの慰めのような気がしている。

 韓国に哭き女という仕事がある。葬式で、声を振り絞って慟哭するのだが、カソリックの大学の営んだ葬送の儀の、彼女の母親の泣き方はそれに近く鮮烈だった。哀しみ、無念さを通り越して、鬼子母神の怒りのように凄まじい。生徒達は呆気にとられた感だった。

 讃美歌が流れ、今を確実に生きている生徒達の祈る姿を前に、母は痛切に娘の不在を感じていたのだろうか。本人が意識していない若さそのものが、罪ともなった季節だった。

 二人の子の母となった今、解るような哭の深さ。未だ墓前に参れず、十七年が経つ。

<筆者紹介>
 きん・ますみ 小説家。本名、梁真須美。京都生まれ。著書に「贋ダイヤを弔う」(大阪女性文芸賞)、「メソッド」(文芸賞秀作)。大阪府豊中市在住。

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