春の釜山・駆け足行

黒田 勝弘(産経新聞ソウル支局長)

昔、ソウルの特派員をした日本の新聞社の友人が久しぶりにやってきたので、寸暇を惜しんで一緒に早春の釜山に行ってきた。お互い七〇年代末のソウルの語学留学組なので、当時の同窓でソウル在住の在日韓国人の友人も加え三人で出掛けた。一泊二日の駆け足的な短い滞在をどう過ごすか。

ごく常識的なぶらぶら観光旅行でのんびりしようとなったが、そこはつい職業意識が出てしまい、ついでに総選挙情報でも聞くかと地元の「釜山日報」の知り合いである金尚勲社長に電話したところ、先約をキャンセルして昼飯をおごってくれた。彼は詩人として知られ、釜山の文学界の重鎮でもある。突然の電話にもかかわらず、百年の知己のように遇してくれるあたり、コリアン・ホスピタリティそのもので大感激である。

「日式・大魚」(051-642-1415)で昼食をいただいた後、龍頭山のふもとの光復洞にあるなじみのロイヤルホテルにチェックインし、国際市場を散歩しながら龍頭山の展望台「釜山タワー」に上った。山の頂上にあるタワーの展望台だから実にながめがいい。港町・釜山の全土がみわたせる絶景である。てっぺんの展望台が喫茶店になっていて、おばちゃんがボリュームを上げたテレビをけだるそうに見ている。音量を下げさせ、しばしコーヒーをすすりながら絶景を楽しんだ。

この後、やはり知り合いである日本総領事館の堤泰三総領事に電話したところ、こちらも夕食をおごってくれるという。夕食を影島の意外に美味な焼肉屋「牧場園」(404-5011)で海の夜警を見ながらいただいたが、ここでも話題はもっぱら地元の選挙情報や経済情報になってしまった。この後、松島に回り、眼下に松島の浜辺と前方に影島の夜警が楽しめる新名所のサパークラブ風「松島公園」(245-2441)に案内され、カクテルを傾けながらよもやま話となった。

その話題の一つが、江戸時代に釜山にあった対馬藩の「倭館」を観光資源として難とか復元できないかという話だった。最近、在日三世の夫学桂氏がコンピューターを使って図面的には復元に成功している。長崎・出島のオランダ屋敷に似た日韓交流の象徴的な史跡であり、復元の価値は十分にある。

後はほえる近くの南浦洞の屋台で一杯やって1日を終わり、翌日は朝飯を南浦洞の路地裏で「スントゥブ」を食った後、海雲台に出かけて釜山湾の「五六島」をめぐる遊覧船に乗った。船上スピーカーで趙ヨンピルの「釜山港に帰れ」や羅勲児の演歌など、ご当地ソングにご当地歌手をひとしきり聞かされた。

昼食はシャがルチ市場に戻り、活きたハマチ一尾を五万ウォンで仕入れて刺身と鍋で食い、とにかく「釜山」を満喫してソウルに帰ったのだが、釜山に行くたび、「釜山は観光に生きるべし」と思う。あの港町の風情を利用しない手はない。特に日本人向けに。

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