済州島(チェジュド)を行く

金真須美

緩やかな勾配にまかせてバスは進む。小粒の雛霰をまいたような連ぎょうの花が、道の両側を縁取り、 時折、島の守り神だというトルハルバンが現れる。語学研修を兼ねたツアーは総勢十二名程。五十才 を過ぎて初めて祖国を訪れたという在日二世の男性や、この春から延世大学に留学が決まっている日 本人男性など、日韓両国が入り交じって済州島を訪ねた。なだらかな稜線を持つ山尾根。島民の暖か な笑顔。豊かな自然に抱かれつつ、島の最南端である馬羅島へと向かう。船は二百名程の乗客で満員 だ。村の婦人会なのだろう。揃いの赤いパーカーを着て、質素なズボンを履いたアジュマ達は、船中 で、酒を飲み、蜜柑を食らい、歌い、踊る。右へ、左へ。船が揺れる度に、アジュマのパンチパーマ の頭も揺れ、歌声は増し、掛け声が飛ぶ。韓国民謡になぜか海鳴りはよくに合う。岩肌を洗う波飛沫 を眺めながら、遠い昔、玄界灘を越えた御先祖様を思う。彼らが海を渡らなければ、私も又、ここで 歌っていたかもしれないのだ。「日本から来た姉ちゃん、うるさくて悪いね」そんな表情で蜜柑をく れたアジュマに、日本語で礼をいう。所詮通じぬ片思いだと分かっていても、何か思いをうち明けた い、そんな思いで胸が一杯になる。

島巡りを終え、船を降りた。波間の向こうには切り立つ断崖が聳え、小高い山の手前には、済州馬と 呼ばれるこぶりの馬が、海からの陽光を背にくつろいでいる。穏やかにバスは山合いを行く。なだら かな山の斜面には、石で垣根を巡らしただけの墓が見える。墳墓である。土饅頭の墓の裾野では、放 牧された馬がゆったりと草を食んでいる。母なる大地に抱かれて、土に帰るのはどんな具合だろう。 穏やかな日ざしを受けた土饅頭の墓は、大地からひょっこり御先祖様が頭を出しているようで、どこ かユーモラスに見える。

 この旅の引率者であるK氏は、日本へきて27年になる。気がつくと、この島で暮らした年月より、 日本での年月が長くなったという。昨夜数十年ぶりに同窓会に出たという氏に、「同窓会では日本人 みたいになった、といわれたでしょう」とからかうと、少し困ったように頷いている。「でも、大丈 夫、私から見ればバリバリですから」おかしな慰め方?をする。K氏は車内から「あれが、うちの墓 です」と教えてくれた。時間がなく墓前に参れなかったことを悔いながら、氏は車窓から律儀に手を 合わせ、頭をたれた。二世の息子に自分が死んだらこの島に埋葬してくれといったところ、どうして そんな不便な所に親父を弔わねばならないのだ、といわれたそうだ。ふと、セピア色に変色した韓服 姿の祖父母の写真が脳裏を掠めた。祖父母もまた、異国でそんな思いにかられたことがあったことだ ろう……。「餅でももってきてスンミョウ(墓参り)などすればよかったですね」私の言葉に、氏は 黙って花畑を見つめている。つまらぬことをいったものだと、私もまた黙った。ややあって、氏は旅 行以来、とみにひどくなった韓国語訛の日本語で言った。「いや、オトサンは、……解ってくれると 思います」私も深く頷いて窓に目をやった。眼下には、箇濃青の海に抱きかかえられるように、黄色 い菜の花畑が広がっていた。

 <筆者紹介>

 きん・ますみ 小説家。本名、梁真須美。京都生まれ。著書に「贋ダイヤを弔う」(大阪女性文芸 賞)、「メソッド」(文芸賞優秀作)。大阪府豊中市在住。

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