板門店の変化

山中進

 先月、NHKスペシャルで「朝鮮半島2000年の夏、分断半世紀の証言」が放送された。

 タイトルからも受け取れるように、南北に引き裂かれた国の苦しみ、そして一見平和に見える穏やかな その掌の中で、約半世紀もの間耐え忍んでいる多くの人々の、悲しみと苦しみが、きつく迫ってくる。

 番組には当然ながら、板門店がらの映像も流された。それを見ながら私がつい先頃、そこを訪れたとき のことを思いかえしていた。

 その日、私を乗せたバスは統一展望台を左に見上げながら、雨雲の垂れ下がる国道1号を板門店に向け て走っていた。そしてその頃ソウルでは、初の南北閣僚級会談が開かれていた。ひと月程前に金大中大統 領が北朝鮮を訪問し金正日総書記と会談、共同宣言を行った歴史的な幕開け最初の実務会談である。

 それまでの道のりの遠かったことを思うほどに、ソウルからの板門店間までの約五十㌔のなんと遠いこ とか。臨津江に沿って幾重にも張り巡らされた鉄条網が、車窓に延々と続くのを見ていると次第に身が引 き締まってくる。漢江と臨津江が合流する河口にある、ここからさして遠くない江華島の、日本や近隣諸 国、世界との関わりの歴史的出来事にも触れ、韓国戦争の勃発から休戦、そして現況までを、なまりのあ る日本語で熱心に語るガイド嬢の話は、私が本や韓国の知人から得てきた知識と違った新鮮さがあった。

 いつもは各国の人たちが同じバスに乗り合わすので、説明も各国語でするのだけれど、今日は全部日本 の方だからたっぷり話せて楽だと、ガイド嬢は皆を笑わせもしたが、それだけに板門店がどういうところ か、我々はしっかりと理解出来たのだった。

 共同警備区域の入り口でUNバスに乗り換えて、軍の警備車の先導で自由の家に向かう。本来ここから は韓国人の入場は禁止されておりガイド嬢も行かれないのだが、会談開催のお陰とかで今日はそれが許さ れていて、彼女もやや興奮気味だった。

 いつもと違う土曜日のせいだろうか、穏やかだという。バスに道をあける兵士たちも、我々に笑顔で手 を振っている。自由の家と向かい合う北朝鮮側の建物、板門閣の前の北の兵士二、三人も、なにか和やか な雰囲気に見える。

 しかし、我々の賑わしさが聴こえぬかのように、建物に半身を隠して北を監視する兵士と、本会議場内 の境界線に立つ兵士だけが微動だにせず、ただ静かに汗を流しているのを見ると、改めて厳しさが沸き上 がって来る。

 ポプラ事件の現場を通って、帰らざる橋のたもとの杭の前で車は止まった。こんなに迫れたのも、車内 からの写真撮影が許されたのも今日だけのようだ。

 だだっ広い平野にへんぽんとして立つ北朝鮮の国旗が寂しく見え、雨雲の広がる休戦ラインを越えて行 き来するとんぼの群が、とても印象的だった。

 <筆者紹介>

 やまなか・すすむ イラストレーター。東京生まれ。30年間勤務した広告代理店で大韓航空、韓国観光 公社を担当。現在、NHKラジオ・ハングル講座テキストのイラストを担当。語学書に共著多数。

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