スタミナ料理

大西憲一

 世界中を沸かせたシドニーオリンピックでは、日本は高橋尚子の女子マラソンなど女性の健闘が目立ったが、 メダル数では日本は韓国の後塵を拝する結果に終わった。日本より人口の少ない韓国だけにその差はメダルの 数以上といえるが、両国の一番の違いはやはり国民の体力の差ではないかと思っている。体力の差は食い物の 違いに生じる。狩猟民族と農耕民族の差かもしれない。

 確かに韓国人はよく食べる。先日まで嘱託勤務されていたL部長は体は私よりかなり小さいが食事の量では とても敵わなかった。それだけにスタミナ十分で、六十五歳近くでも毎週登板と威張っていた。量だけでなく 質にもこだわる。特にスタミナ食といわれる料理が多い。参鶏湯(鶏)、補身湯(犬)、チュオ湯(どじょう) と枚挙にいとまがない。以前の話だが、カエルが効くという話が蔓延し韓国にカエルが一匹もいなくなったと か。済州島の古い茅葺きの屋根に住む根切り虫が効くといって大量に空輸されたといった眉つばな話も効いた。

 スタミナ食といえば蛇料理を忘れてはいけない。私が初めて韓国に来た頃は、補身湯と共にペム湯(蛇)も 幅を利かせていたものだが、最近あまり見かけなくなった。ソウルオリンピックの時に政府の差し金で、共に 無理矢理表から消された仲間のお犬様(補身湯)は今や完全復活したのに、蛇君はどうしたのだろう。

 蛇については忘れられない思い出がある。かなり以前の話だが私が釜山勤務の頃、社有車で空港から帰る途 中、ドライバーの金さんが慌てて急ブレーキを踏んで、道路を横切る中ぶりの蛇を素早く捕まえた。日ごろ、 金さんからは軍隊時代に食べた蛇の話をよく聞かされていたが、彼は生け捕った獲物を持ち合わせの袋に入れ て車のトランクに放り込み、「サー、今夜は久しぶりのご馳走だ」と舌なめずりしていた。

 翌日からはいつものように車で客先を駆け巡る多忙な毎日が続いたが、その間、いつもは元気な金さんがな ぜか運転中も落ち着きがなく、顔色もあまり良くなかった。私は内心、蛇のたたりじゃ、とほくそえんでいた のだが。

 そして数日後の昼休み、駐車場から出てきた金さんは「所長さん、やっと捕まえましたよ」と久しぶりの笑 顔で細長い生き物を高々と掲げているではないか。彼の説明によれば、先日捕まえた蛇は奥さんと子供の猛反 対にあって家で味わうことはできず、やむなく、運転手仲間と後で食べようと思ってまた車のトランクに戻し たが、翌日、トランクの中の袋はもぬけの殻で蛇が、行方不明になったとのこと。慌てて車の中をしらみつぶ しに捜したが見当たらず。やむなくそのまま何食わぬ顔で運転を続けたが、内心、いつ蛇が顔を出すか心配で 冷や汗のかき通しだった。私にも何度かばらそうかと思ったがパニックになってはいけないので黙っていたと のこと。そして先程駐車場で愛車を掃除中に、後部座席の隅から鎌首を持ち上げている彼氏を遂に発見したの だ。そう言えば、乗車中に何度か首筋のあたりに感じたチロチロとした生暖かい感触を思い出して、危うく一 命を取りとめた安堵感と恐怖でしばらく失神していた。

 <筆者紹介>

 おおにし・けんいち 1943年福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、 今年7月から新・韓国日商岩井理事。

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