済州島からソウルへ無料移送

大西憲一

 韓国への外国人観光客がすごい勢いで増えている。十二月八日には史上初めて五百万人を突破したようだ。 ソウル・オリンピックが開かれた一九八八年が約二百万人だったが、今年は三倍増の勢いだ。国別ではもち ろん日本人がダントツで十月までに二百万人を突破した。今年末までには二百三十万人が予想され、これも 史上最高である。観光客の中身も以前とはずいぶん変わってきた。

 昔は特定の目的のいわゆる不良中年男性が中心だった。朝から部屋のスリッパのままホテルのレストランで ビールを飲みながら、大声で夕べの戦果を自慢している怪しからぬ輩が多かった。同じ日本人として肩身の狭 い思いをしたものである。かなり以前の話だが、お決まりの団体旅行を終えたある日本人男性は、金浦空港の 出国検査のボディーチェックで韓国人の女性係員に対し、あろう事か「逆ボディーチェック」に及んで逮捕さ れたことがある。前代未聞の恥ずかしい事件だった。

 最近の観光客の主流は女性、それも若いOL。彼女たちの目的は、ショッピング、グルメに全身エステ。 健康的かつ大枚浪費型で韓国側は大歓迎。ある一流ホテルは前期好決算を出したが、利益の大半は付属の免税 店だと聞いた。免税店の客は殆どが日本人女性。日本女性は韓国経済に大いに貢献している。

 中年男性にも良心的な観光客はもちろん多い。私が以前、釜山に駐在していたころ、知人の紹介で一週間の 韓国旅行に来たI氏はその一人だった。

 好奇心旺盛かつとぼけた味が魅力のI氏は、釜山のあるホテルを起点にして毎日名所旧跡を訪ね歩いていた。 ある日、空路ソウルへ行こうと計画したI氏は、しかし、釜山空港までのタクシーが渋滞に引っかかって、予 約便の時間ギリギリに空港に到着した。辛うじてチェックイン手続きに間に合った同氏は、脱兎のごとく搭乗 口に駆け込み、係員に急かされながら離陸態勢直前の飛行機に飛び乗った。自分の座席番号も調べずに適当に 席に座った同氏は、途中、眼下の景色を楽しみながら、しかし釜山からソウルはやけに海が多いな、とは思っ たが、韓国へ来たばかりの同氏はそれ以上の疑問は抱かなかった。

 やがて目的地に着いた同氏は、これまた想像していた大都会のソウルとは違ったやや小規模の空港に若干の 違和感を覚えながら、それでも初めてのソウルへの期待に胸をふくらませながら空港前で拾ったタクシー運転 手にかねて予約していたホテル名を告げた。車窓の風景もやけに自然が多い。

 そして、ホテルに到着してチェックインしようとしたが、「お客様の予約はありません」「そんな馬鹿な。 ここは○○ホテルだろう?」「そうですが予約はいっておりません。こちらは済州○○ホテルですが…」「ナ ヌ?済州?」ここで慌て者の同氏もようやく事の成り行きに気がついた。彼が飛び乗った飛行機はソウル行き ではなく、韓国南端のリゾート、済州島行きだったのである。

 困った同氏から相談を受けた航空会社は、係員のチェックミスも原因と認めたのか、このやっかいな荷物を 次の便で済州島からソウルに無料で移送したようで、後日、何とか予定のソウル見学を済ました同氏から、「 韓国の航空会社はそそっかしいけどえらい」と何度も聞かされた。

 同じ名前のホテルなどいくつかの偶然が生んだ悲劇だった。

 <筆者紹介>

 おおにし・けんいち 1943年福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、 今年7月から新・韓国日商岩井理事。

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