ソバの花の咲くころ

黒田勝弘

 春の五台山(オデサン)に行ってきた。五台山は江原道の雪岳山の南にあって、峰を越えると日本海岸の注■津や江陵も近い。韓国放送作家協会のセミナーに招かれ、1泊とまりでおしゃべりしたり食べたり飲んだり歌ったりの旅だった。

 会員に女性が多く、しかもシナリオ作家の長老で旧知の韓雲史先生もこられていて、楽しい集まりだった。韓雲史先生は一九七八年、ぼくがソウル留学時代に先生の書かれたテレビドラマ「波濤よ語れ」(TBCテレビ八・一五特集)に感動し、手紙を出してお会いしていらいのお付き合いである。

 セミナー会場は山のふもとにある「五台山ホテル」で、現代風の実にきれいなホテルで驚いたが、それはともかく、このホテルでの食事をはじめ、日程中の食事のほとんどが山菜中心で面白かった。

 山国・江原道の「付加価値」を生かそうというわけだ。タラの芽(トゥルプ)のテンプラをはじめ、山菜料理の名前をいろいろ聞いたがおぼえきれなかった。酒も粟やソバを使った自家製の濁酒(マッコリ)など、山国らしいものがあって実にうまかった。

 しかし江原道というとやはりジャガイモとソバである。ただ、ジャガイモは早出しの「ハジカムジャ(夏至ジャガ)」まではまだ時間があり、ソバもまた、「ソバの花の咲くころ」ではなかった。しかしソバは花が咲いていなくても、「食」としては楽しめる。そこで「花」は名作小説「そばの花の咲くころ」の作家、故李孝石先生の故郷をたずねることにし、もっぱら「花よりダンゴ」で「ソバ食」を楽しんだ。

 李孝石先生の故郷は五台山から近い江原道平昌郡鳳平で生家が残っており、記念公園もあった。地元では先生にあやかって「村おこし」にソバを大いに利用し、ソバ食堂がたくさんあった。メニューを見ると「ソバ・コーヒー」があるではないか。何はともあれ注文し試してみたが、はて、あのコーヒーにはソバの香りがあったのかな。

 この後、昼食となり、ソバの「ムック(ところてん状練り物)」やソバのお好み焼き風を肴にソバ・マッコリを飲み、最後は冷たいソバ・ウドン風でしめた。最後の冷やしソバがなかなか美味で、ゴマやノリを浮かした冷たいスープが香りがあってうまかった。

 こうしたソバづくしだったので、作家たちの間からあれこれソバ談義が出て、その中に「ソバは精力減退効果があるらしい」というのがあった。ワラビについては知っていたが、ソバについては初めてだ。

 話題は続いて「だからソバは日帝が韓国人の子孫を根絶やしにするため韓国で広めたという伝説がある」となり「しかしそのソバの効果を防ぐのがダイコンとわかり、韓国では昔からソバには必ずダイコンを添えて食べる」とか。そういえば、あの店でも酢漬けのダイコンの薄切りがたくさん出ていた。

<筆者紹介>

 くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信外信部を経て、現在、産経新聞ソウル支局

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