風雪の歌人

武村一光 

 私は北出さんと個人的なお付き合いをした記憶はない。それなのに極最近、ご自身の出版した「風雪の歌人」(講談社)を送って下さったのには些か驚いた。特に和歌に興味があるわけではなかったが、折角だからと失礼しながら半分は義理でページをめくっていった。韓国人の孫戸妍女史の五十年にわたる歌を紹介すると共に彼女の今日までの数奇な人生を淡々と綴ったものだ。ただ一九二三年東京生まれの女史のこれまでの人生をいくら淡々と書こうにも、その背景にある太平洋戦争や朝鮮動乱に大きく揺さぶられる様子が実にリアルに描かれていた。そして女史の歌そのものが彼女の熱い胸の内をすばらしいタッチで表現されていることにすっかり参ってしまい、その旨を記してお礼の手紙にした。

 個人的付き合いはないもののソウルでは北出さんは私より一年前の九三年赴任、帰国は同じ九八年でラップした四年間のうち終わりの二年をソウル外国人祭の催し物への日本人会参加に際しご一緒に仕事をさせていただいた。帰国した年の五月、北出さんから一冊の本が届いた。「そうる、またいつの日にか」と題するものだった。九六年一月から二年間、日韓経済協会の機関誌に「ソウルだより」として載せた記事をまとめたものだ。A4判50頁のもので、日本語とハングルが見開きで併記されている。いま「風雪の歌人」を読み終えてもう一度読み直したかった。たしか本棚に収まっていた筈だが薄く背文字のないその本はなかなか見つからなかった。ようやくアルバムに隣り合わせで立てかけてあるのを引っぱり出した。「韓国との出会い」で始まり「ソウル駐在雑感」で終わっている。駐在雑感のハングル文は駐在回顧とあった。どうして雑感が回顧になったのか一寸気になった。それはさておきもう一度全部に目を通した。すると当時あまり気が付かなかったが、孫戸妍女史に関する二文「韓国唯一人の歌人」、「歌碑建立」があり、最後は旅のプラスアルファとして「韓国の歌人の碑」と題する2頁で締め括ってあった。ちゃんと読んだ筈なのにほとんど印象に残っていないのはどういうことだろう。

 それに反し「風雪の歌人」を読み、がつんという衝撃と大きな感銘を受けたのはどうしてか。孫戸妍女史の珠玉の歌そのものは勿論、こうして立派な一冊の本にまるで歴史書をひも解くようにまとめ上げた北出さんの文章力の結晶が主原因だろう。先の小冊の中に「Dの登場、Fの退場」という一文があった。韓国のOECD加盟とそれに伴うOECFからの自動脱退を紹介するものだ。物静かながらウイットに富んだ北出さんらしい文章と題名に改めて感心した。この先もしかすると「風雪の歌人」はハングルに翻訳されるかもしれない。文章だけなら簡単に翻訳されようが和歌の翻訳となると三十一文字がうまくいくのだろうか。一筋縄ではいきそうにもないなと、まだ決まってもいない翻訳が心配になった。雑感という言葉を回顧と直す程度では恐らく受けないだろう。アメリカやフランスに駐在経験のある国際感覚豊かな北出さんのウイットが全開になったとき、翻訳本「風雪の歌人」はソウルでベストセラーになると信じている。

<筆者紹介>
 たけむら・かずひこ 1938年東京生まれ。94年3月からソウル駐在、コーロン油化副社長などを歴任。98年4月帰国。日本石油洗剤取締役、タイタン石油化学(マレーシア)技術顧問を歴任。

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