開城商人の秘密

黒田勝弘

 今、韓国でベストセラーになっている小説に崔仁浩の「商道」というのがある。百万部を超す人気だが、かなりの長編なのでぼくはまだ読んでいない。聞くところによると“開城商人”の話しだという。

 韓国(朝鮮)では昔から“開城商人”という言葉があって、開城の商人は商売上手といわれてきた。小説は十九世紀の李朝時代に「朝鮮最大の巨匠」といわれた林尚沃を主人公にした、その一代記である。

 ベストセラーの背景は、ビジネス時代のまっただなかにある韓国人たちが、昔のビジネスマンの成功談にヒントを得ようということのようだが、先日、たまたま昼食で一緒になった韓国の大手化粧品会社「太平洋」の徐慶培社長によると、「太平洋」がまさに“開城商人”だという。「太平洋」はアモーレで有名だが、創業者の徐成煥が北の開城出身で、朝鮮戦争の際、避難先の釜山で商売を始め、一代で大企業に築きあげたという。

 徐慶培社長の話によると、なぜ“開城商人”が生まれたかというと、朝鮮王朝(李朝)時代になって旧高麗王朝の首都だった開城の人たちは新朝廷からいじめられ、官職に進出できなかったため商売に精を出したからという。なるほどこれは面白い。

 「開城」といえば、麻浦にあるホテル「ホリデーイン」の李一揆会長も開城出身だ。慶応出の知日派で時々、会って話を聞いているが、先日、自宅に呼ばれた折り開城名物の食べ物を味わわせてもらった。韓国モチの一種で、小指ほどの大きさの小さなボールのモチを二つくっつけたような「チョレンイ」と、モチにミソを塗って干し、それをスライスして焼いて食べる「チャンテンイ」である。前者はスープに入れて、いわばぞう煮風に食べる。

 「太平洋」の徐社長との話で、この特異な開城のモチのことを話題にしたところ、彼がいうにはあの「チョレンイ」は実は高麗を滅ぼして李朝を建てた李成桂の首を意味するのだそうな。開城の人々をいじめた李成桂に対する復しゅうとして、ふたつつながった小さなボールのモチを李成桂の首に見立て、それをかみ切ってウップンを晴らしたというのである。なるほどこいつも面白い。

 徐社長はそのあと、ミソの付いた「チャンテンイ」の話になり、あれは相当に塩からいため、ちょっとかじるだけでメシのおかずになるという。つまり昔の苦労をしのぶ格好の食べ物だというのだ。彼の家では今も時おりお母さんが「チャントゥ」を食べさせてくれて、昔をしのぶのだそうな。“開城商人”の実にいい話である。

 ぼくは最近、韓国食べ物紀行として『韓国を食べる』(光文社刊)を書いたのだが、この本のキーワードは「韓国人は耳で食べる」である。つまり食の座での食にかかわるウンチク、その他のにぎやかなおしゃべりが韓国の食の味わいを豊かに、かつ面白くするのです。今回の味わいはいかがだったでしょうか。

<執筆者紹介>
 くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信外信部を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。

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