別紙
日韓共通教材『日韓交流の歴史』の目的と意味
鄭在貞(ソウル市立大学校教授)
ソウル市立大学校と東京学芸大学とかかわりを持つ研究者・教育者30余名が共同で作成した『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史−先史から現代まで』(以下、『日韓交流の歴史』)が2007年3月1日、韓国と日本において、それぞれの言語で同時出版された。私たちが両国の歴史教育と歴史教科書をめぐる対話を始めたのが1997年12月であるから、10年に及ぶ大型プロジェクトがここにようやく実を結んだことになる。
韓国と日本のマスコミと歴史学界は、『日韓交流の歴史』の出版について大きな反応を示した。主要新聞や放送はニュース・社説等を通じて、本の内容を報道し、歴史学界はその意味を評価するためのシンポジウムを開催した。本書の出版が歓迎されたのは、それが歴史認識をめぐって険悪な対立を続けている韓国と日本の現状を克服する方法の1つとして受けいれられたからである。
『日韓交流の歴史』は、韓国と日本の高校生レベルの識者を読者に想定して編まれた日韓関係史の教材である。そのため、専門的な歴史研究書や普通の歴史概説書に比べて平易な文章で書かれている。この本が日韓の共同作業によって編纂された他の書籍と違う特長は以下の点である。
第1に、韓国と日本の歴史研究者・歴史教育者が共通の歴史認識を実現した。私たちは両国の歴史認識の違いをよく考えながら、共通の歴史認識を追究し、完全に合意した内容を基礎に本書を作成した。第2に、本書は日韓交流の歴史を教科書と類似した形式をもつ教材として編纂されている。その内容を構成するには両国の歴史研究の成果を最大限に活かすために努力した。第3に、本書は、先史から現代までの日韓交流史をすべて扱っている。韓国と日本が共通の歴史認識を模索するというのであれば、全時代を対象にしなければ十分だとは言えない。第4に、日韓交流の歴史を通史の形式で記述した点である。韓国と日本の交流は、つねに良好だった訳ではない。交流が疎遠になり、戦争になったこともあった。トピック的に韓日関係史を叙述すれば、作業は簡単かもしれないが、その全体像を提示することは難しい。第5に、本書は歴史教材としての独自性を持ちながらも、韓国と日本の新しい研究成果を反映している。私たちは、今後、両国で共有できる研究成果が出るたびに本書を改定するつもりである。
韓国の世論は『日韓交流の歴史』に対して好意的な反応を見せた。マスコミは、両国が本書を分担して叙述したのではなく、討論や合意に基づいて共同で執筆した点を高く評価した。そして、交流が文化の一方的な伝播ではなく相互作用の過程だったのを強調したと伝えた。つまり、本書が自国史中心の歴史叙述から脱皮し、複眼で相互交流の歴史を見直した点を広く認めた。歴史学界は、『日韓交流の歴史』が東アジアの国際関係の中で日韓関係を記述することによって、相手の歴史に対す排他的把握を克服するきっかけを作ったと評価した。また、この本が東北アジアの歴史葛藤を和らげるためのよい道筋を示しているという期待感を表明した。
いま、韓国と日本では歴史認識を共有するのはありえないという言説がはやっている。しかし『日韓交流の歴史』は、国家や民族を越えて歴史認識の共有が可能だということを証明した。私たちは、過去を語るのは共生の未来を開くためだ、という確固たる自覚と意志をもってこの作業を成し遂げた。ソウル市立大学校と東京学芸大学は、『日韓交流の歴史』を作る過程で、50人にのぼる留学生を交換し、100人を超える教員と学生が双方の歴史巡検に参加した。こうした親交があったからこそ、お互いを信頼しながら、本書を作り上げることができた。私たちの事例は、学問と教育の両面で、日韓交流の模範になるだろうと思う。
従来、韓国と日本ではヨーロッパの歴史対話に学ぶという雰囲気があった。しかし、『日韓交流の歴史』は東アジアにおいても、ヨーロッパに負けない素晴らしい歴史対話が可能であるということを見せてくれた。私たちはこれからも韓国と日本、さらに東アジアの歴史葛藤を乗り越えるための対話を続け、またその結果を世界に発信するつもりである。
自己紹介
1951年生まれ、ソウル市立大学人文大学長、近代韓日関係史を専攻しながら、韓国と日本の歴史認識と歴史教育に対しても活発に発言する、韓国と日本の歴史対話の中心人物である。『日韓交流の歴史』の韓国側の産婆役だった。 ソウルジャパンクラブの人々に歴史講座と歴史巡見で親しまれる珍しい韓国人である。 |