ハム買って下さい
大西憲一 「結婚」この甘い響きに若い男女が一喜一憂するのは万国共通である。わが社の美人マスコットとして、特に取引先のおじさんに人気の高いミス・ペクも先日、結婚した。 相手は一流会社勤務のエリートサラリーマンで、甘いマスクの好男子。彼女は今、幸福の絶頂にいる。 冬が近いというのに彼女の回りは春風が吹いている。会社で私は彼女と組んで仕事をしているが、以 前はお互い忙しさのあまり厳しい言葉が飛び交うこともあったが、最近の彼女の夢見る瞳を見ている と、私のささくれ立った心も自然に和んでくる。愛(結婚)の力は偉大だ。 取引先のハンサム男、Hさんも結婚した。彼は日本留学が長く、新婦はそのとき知り合った在日韓 国人らしいが、日本育ちの彼女は韓国語がほとんどできない。結婚式で「チュレ(主禮)」と呼ばれ る進行役の話をHさんは時折、隣の新婦に小声で日本語に通訳していた。最後にチュレが厳粛に「貴 方は彼を夫として一生愛しますか?」と聞いたが彼女は無言。慌てたHさんが急いで通訳したが、緊 張した彼の声がよく聞き取れないらしく、ちょっと首をかしげながら依然として無言。会場の参列者 も息を呑んで見守っている。もしかして愛を誓いたくないのかも知れない…。しかし、必死になって 通訳するHさんの言葉をようやく理解した彼女は、「ネー(はい)」と恥ずかしそうに答えて事無き を得た。新郎は一安心。会場の人たちも一安心。 ところで、結婚式の風習は国によっていろいろだが、韓国で最も興味深いのは、「ハム」と呼ばれ る結納の儀式だ。 「ハムサセヨー(ハムを買って下さい)」肉屋さんのセールスではない。「ハム(函)」とは、新 郎から新婦への贈り物や婚礼の書状が入った箱のことで、日本の「結納」にあたる。この引き渡しの 儀式が独特で、結婚式の1週間位前になると、新郎側が用意した贈り物のアクセサリーや、サジュタ ンジャ(四柱単子)と呼ばれる新郎からの婚礼に関する書状を詰めた箱を、新郎の友人達が担いで新 婦の家に向かう。友人の一人が、縁起モノのするめで作った仮面を被った馬になってハムを背負い、 別の友人が馬子になって馬を先導しながら新婦の家に向かう。しかし彼らは簡単にはハムを渡さない 。新婦の家に着くと「ハムサセヨー」と叫ぶ。つまり贈るのではなく、売りつけるのである。そこで 待ち構えていた新婦側との間で、ハムの値段交渉が始まる。ハム販売人は商売人よろしく、できるだ け高く売りつけようと粘る。交渉が決裂したら近くの酒屋で一杯ひっかけて景気をつけて出直す。こ れを何回でも、場合によっては夜中まで続ける。無事商談がまとまると、友人たちは売上金を懐に飲 みに繰り出すことになる。 交渉がどうしてもまとまらない場合、腹を立てた男たちはハムを市内の貴金属店に売り飛ばしたり、 あるいは酒屋でたらふく飲んで、飲み代のカタにハムを置いて行くといった嘘のような話も昔はあっ たらしい。 もっとも最近のヤングカップルの間には、このような古い伝統が少しずつ消えているようで寂しい 気がしないでもない。 <筆者紹介> おおにし・けんいち 1943年福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所所長、94年韓国日商岩井 代表理事、今年7月から新・韓国日商岩井理事。
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